① 当院における肺がんに対する胸腔鏡手術
内視鏡を用いた胸腔鏡下手術を、肺がんに対しても行っています。腫瘍径が小さく、リンパ節に腫大がなく、胸膜へのがんの浸潤のない比較的早期と思われる肺がんは胸腔鏡手術の良い適応です。胸腔鏡下で肺葉切除ないし区域切除を行う場合は、安全性の面から基本的に小切開を併設して手術をさせて頂いております。がんをリンパ節とともにしっかり取り除くこと(根治性)および手術の安全性を最重要視しております。
② 多様化する肺がん外科治療
従来、 肺がんに対してはブロックごと大きく切り取る肺葉切除が標準術式として位置づけられてきました.しかし近年, 区域切除ないし肺部分切除といった、より小さく肺を切り取る「縮小手術」が、症例を選択すれば十分容認できる治療成績を有することが明確になってきました。従って、この大小の手術方法を上手に使い分けることが求められる時代になっています。当然のことながら、小さな切除ですめば肺機能を温存できるので侵襲の小さな手術となります。
がんの根治性を損なわずに、敢えて小さく切除する場合を「積極的縮小術」、他方、高齢であったり、心肺機能が低かったり等、何らかの理由で大きく切除することが難しい場合に止む無く小さく切除する場合を「消極的縮小術」と呼び、二つは同じ縮小術であっても区別されます。ちなみに、2016年度に手術された原発性肺がん42,482例の集計(日本胸部外科学会による)によると, 縮小手術は25%に選択されており, 高齢化の進む中で縮小手術は今後更に増えてゆくことが予想されます。
③ 高齢者の肺がん外科治療の方針
厚生労働省簡易生命表によると、本邦における平均寿命は男女ともに80歳を超えるに至っています。日常生活に制限のない健康寿命と平均寿命との間には約10年のギャップがみられますが、80歳時における平均余命は男性で8.8年、女性で11.5年となっています。何歳をもって「高齢者肺がん」と定めるかに関して明確な規定はありませんが、高齢化社会にあって、平均寿命に近い80歳以上の高齢者肺がんに対する手術の機会は増えています。当院の集計では、2007年から2014年までの8年間の全肺がん手術症例に占める75歳以上の割合は40%、80歳以上の割合は12%でした。肺がん手術例の10人中4人が75歳以上、1人以上が80歳以上の高齢者という近年の現状です。
高齢者では加齢に伴う動脈硬化や並存疾病に加え、全身の臓器機能や予備能力の低下などから術後合併症の発生リスクが高く、生じた合併症は重症化しやすいことが分かっています。従って、術後合併症の対策は高齢者の手術を実施する上で重要な課題です。当院では、インテンシブスパイロメーター(Coach 2)や振動型呼気陽圧療法器具(VibraPEP)等を用いた呼吸器リハビリテーションを周術期に導入し、術後呼吸機能の回復と合併症予防に努めています。
早期の高齢者肺がんにおいては小さく肺を切り取る縮小手術の有益性を支持する報告が近年多くみられるようになってきました。高齢者肺がんに対する治療戦略として、安全性を重視した手術選択の有益性が考慮されます。高齢者においては、各臓器の機能低下と共に、様々な並存疾病を有する場合も多くみられます。自験例においても多種多様の並存疾病がみられていますが、消極的に縮小術が選択された理由としては低肺機能が最も多く、多臓器疾病の併発が制限となるケースは比較的少ないという結果でした(図参照)。80歳以上の高齢者でも、手術適応および術式の選択を適切に定めることができれば、肺がんの外科治療成績は良好な結果を期待できるものと考えます。
④ 小型肺がんに対する外科治療
CT検査などの画像診断の進歩と普及により、小型の肺がんが見つかる機会が増加しています。とりわけ1cm以下の小さな病変や、すりガラスのように靄がかった陰影(すりガラス状陰影)を呈する肺がんを切除するには(病変の視認や触知が困難)、術前に病変部にマーキングを行ってから切除する必要があります。当科では放射線科医師の協力のもと、ガイディングマーカーシステム®(八光社, 東京)を用いたCTガイド下でのフックワイヤー留置法を術前マーキング法として実施しています。
これにより、末梢発生の小型肺がんに対し、可及的に肺機能を温存させた手術が可能となります。当科におけるマーキングを併用した手術の占める割合は概ね5~10%であり、近年増加傾向にあります。
⑤ 多発する肺がんに対する治療戦略
多発する肺がんの発生頻度は近年増加傾向にあります。その一因として、CT検査などの画像診断の進歩と普及、高齢化などが挙げられます。多発肺がんにおいては診断や治療の組み立てなど、臨床的に多くの課題を内包した病態です。
当院での最近の集計では、多発肺がん症例は肺がん全切除例の約6 %を占めています。多発肺がんの治療に関しては、残存肺機能、心機能を含めた全身状態に問題がなければ、積極的な外科的切除が望まれます。ただし、両側性に発生した多発肺がんにおいては肺機能的に制限を受ける場合があり、がんの根治性と肺機能の両面から慎重に手術適応と術式を選択する必要があります。
多発肺がんには同時性に発生するものと、時期を違えて異時性に発生するものとがあります。いずれにしても、第1肺がんの完全切除後、第2肺がんに対して適切なタイミングで治療が導入できれば、多発肺癌の治療成績は良好です(図)。第2肺がんに対する術式は縮小術が多く、第3肺がんに対しては外科的治療の施行された症例は少なくなり、放射線治療の選択が多くなるという当院での結果でした。第3肺がんでは無治療を希望されたケースも少なくなく、治療に際しては患者さんの意思決定支援(治療の選択、治療を行う施設の選択、治療の中止や拒否など)を相談支援専門看護師のサポートのもとに行っています。多発肺がんの患者さんに対しては、度重なるがん治療の中での精神的負担にも配慮した治療の組み立てが望まれる病態と考えています。
⑥ 肺がんに対する区域切除
前述した如く、肺がんに対して選択的に縮小術が行われる機会が増えています。当院では3D-CT画像の構築と共に、区域切除においてはインドシアニングリーン(ICG)と特殊な波長光で観察できる近赤外線蛍光内視鏡システムとを用いたナビゲーション手術を胸腔鏡下に実施しています。
⑦ 当科における肺がん外科治療成績